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| 最近私の知合いが相次いで離婚しました。見るからにラブラブな夫婦でも内情は色々あるようですね。私はあえて女性の友人の名前はなるべく下の名前で呼ぶようにすることをお勧めします。結婚して苗字が換わった際には、たとえ間違えて旧姓で「田中ちゃん・・あ、間違えた(エヘヘ)」なんて笑って済まされもしますが、離婚した友人を離婚前の苗字で呼んでしまうという間違えは出来れば避けたいものです。離婚というと昔の人は比較的暗いイメージをもたれていた様ですが、最近は特にバツつきの女性はむしろ人気があるようです。辛酸を舐めた人ならではの懐の大きさや寛大さがあり、子持ち女性ならば母性愛も兼備えているのでよろしいと思われる若い男性も多いとか。今では子連れ同士の再婚も珍しくないようです。「離婚しましょう」この決定的な一言を最初に発するのは現代では75%の割合で妻だそうです。それでは1000年前の日本の離婚事情はどうだったのでしょうか? 例えばあなたが平安時代(806-1190)に生まれた女性であったと致しましょう。残念ながらあなたにとって離婚のハードルは想像を絶する高さでありました。なにせ尊重されるのは夫の意思ばかり。夫が妻を捨てる事が許されたという7つの条件をご覧下さい: 1. 子供が生まれなかった 2. 妻の不貞 3. 夫の親に従順でない 4. お喋りで口が悪く痴話喧嘩になりやすい 5. 盗みを犯した 6. 嫉妬深い 7. 病気である 平安時代に生まれなくて良かったという声が聞こえてきそうなこの条件、一方妻が夫を捨てる事が出来る条件は特に、夫が婚約してから3ヶ月経ても結婚しない時、夫が逃亡して帰らない時など、捨てる捨てないというよりも結婚自体の成立が困難であるような場合に限られています。でもまぁこの時代は夫が妻の許を訪れる形の通い婚が主流であったので、結婚の定義そのものにも曖昧さがあった事は否めません。 結婚の形態が夫方居住の一夫一婦制に落ち着いてきた鎌倉時代(1190-1329)には夫が妻を捨てる事が出来る条件も以下の3か条に減ってきました 1.妻が犯罪者である 2.男の子(または子)が生まれなかった 3.不貞をした だそうです。妻の地位も上昇し始め、その証拠に和議離婚という制度も生まれました。 それでも尚、女性の立場はまだまだ弱かったようで、江戸時代(1615-1868)には幕府公認の縁切寺なるものが設置され、妻側からの離婚請求を養護してくれたようですが、実際に妻側からの離婚請求が裁判で認められ、勝訴に至るケースが見られるようになるのは明治時代(1868-1910)になってからのことで、男子貞操義務判決が初めて下ったのは1926年だそうです。実に今から80年程度昔のことでしかありません。 さて、離婚後の生活を安定したものにする為に必要な「3K」とは何だと思いますか?それは1.KODOMO 2.KEIZAI 3.KOKORO だそうです。何となくこれら「3K」って円満な結婚生活の秘訣としても当てはまるような気もしますが、結婚も離婚も決断する個人の意志が尊重される事。これってとてつもなく贅沢なことだったのね。と長い歴史に目を向けると思わずにはいられません。 2005.7 |
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