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「姥捨て山」


 むかし日本の貧しい山村では「姥捨て」という風習があり、70を過ぎた老人は山へ捨ててくるという残酷な間引きが掟として存在し、人々はそれを忠実に守るべく努力してきました。

 昭和58年に「楢山節考」という映画が封切りされ、話題になりましたが、当時の貧しい農村社会では「口減らし」といって、小学生くらいの幼い子供ですら、貴重な労働力として裕福な家に奉公に出されたり、女児の場合は特に芸者として花街に売られたりしたことが頻繁にありました。

 また、新生児の間引きも頻繁に行われ、出産前の胎児のみならず出産後すぐに水田に捨てられたり土に埋めたりという事が実際にあった様です。その映画の中でも元気溌剌とした老婆が登場しますが、なんと家族のお荷物である自分が腹いっぱい食事をすることは罪であると思い悩んだ末、石で自分の前歯を砕いてしまいます。口から血を流しながら「前歯が無いから食事が食べられない。その分はおまえが食え」とお嫁さんに対して発言する様はとてもインパクトが強くてなかなか忘れることが出来ません。

 勿論、実の父や母を「捨てる」年齢に達したからといって無常にも山に捨ててくるなどという事はなかなか出来るものではありません。映画の中では、厳寒の冬山で母親を捨てきれずにいる息子を気丈にもお経を読みながら追い払う老母や、「捨てないでくれ〜」と泣き叫ぶ老父が出てきます。別れの前夜「最後の晩餐」時の家族の心中を思うと胸が痛みますが、自給自足が基本の村内では、それ程までに日々の糧を確保する事が困難であったという事でもあります。

 その映画の中では、白骨化した老人達の遺体が山の中に数多く存在する様子が描かれていますが、実際の姥捨て山では意外と村人からの差し入れもあって、何とか生き長らえていたという説もあるようです。(捨てられた季節にもよると想像しますが・・・)今の老人ホームではありませんが、老人同士和気藹々と生き長らえていたという話もあるようです。

 同じ様に昔の農村では出産した女性は皆産小屋という建物の中で産前産後の共同生活をしていました。それを女性蔑視の概念から来ていると言う説もありますが、逆に同じ境遇の人々を一箇所に集める事によって、有益な情報交換の場が供給されていたという効果が大いにあったのではと考える学者もいるようです。史上最大の情報社会と言える現代ですら、母親学級等の母親コミュニティの存在を重要視する声は後を絶ちませんので、確固とした普遍的なニーズが存在することに驚かされます。

 勿論今では姥捨ての習慣はありませんが、老人ホームに身内を入れる事を「現代の姥捨て山」などと称する事もたまにはあるようです。飽食の時代にあっても色々と問題は尽きないものですね。(終)

                                        (編)シュガープラム



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