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| 「野口英世(1876〜1928年)」 −前編−
野口英世(幼名:清作)は明治9年(1876年)福島県の貧しい農家の長男として生まれました。父親は大酒のみで博打に明け暮れ、家には寄りつかず、母シカによって生計が立てられているようなものでした。 英世が1歳半の頃、彼は囲炉裏に落ちて左手に大火傷を負ってしまいます。 しかし医者に行けるお金などなく、彼の左手は棒きれのようになってしまったのでした。母シカは自分の不注意によって負傷させてしまったという自責の念を生涯持ち続けたようです。当時の農家では長男が跡継ぎになることが一般的でしたが、もはや手を負傷した英世に力仕事は出来ません。シカは「手を負傷させてしまっては英世は家業(農業)を継ぐことができない。だとすれば、何としてでも学問で身を立てさせてやらねばならない。」と、英世には家事を一切させず勉強に集中できる環境を作ってやろうと決意します。この時代は子供であっても一家の貴重な労働力でしたから、他の農家の子供達は田畑に借り出されていたものです。よって周囲では英世に家事をさせない母シカのことを批判する声もありましたが、シカはそういった声にも耐え、これまでより一層働き、英世が十分勉強できるような環境を与え続けました。幼い英世ですから弱音も吐きます。そうした時は「お前は学問で身を立てなければ生きていくことが出来ないのだよ。」と優しく言い聞かせたそうです。 小学校に入学した英世は早くもその秀才ぶりを発揮します。この当時の小学校では、ずば抜けて優秀な生徒が先生の代わりに授業をするというカリキュラムがあり、英世が教壇に立つこともあったそうです。また英世は成績優秀なガリ勉というわけではなく、 不自由な左手を上手に使って相撲を楽しむなどして学友とも大いに笑って過ごしていたそうです。しかも相撲はかなり強かったとか。そして、この小学校時代、英世にとって“生涯の師”といわれる先生に出会います。 つづく |
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