| 後編 | English |
| 「歌舞伎」 (1) 400年以上も続いている伝統芸能「歌舞伎」、江戸時代「能」が武士階級の演劇であったなら、歌舞伎は庶民の間で親しまれた演劇です。 歌舞伎は「傾く(かぶく)」という言葉が語源になっています。「かぶく」は奇抜で異様な格好・身なりをするという意味で、そういった格好をする人を「傾き者(かぶきもの)」と言いました。 歌舞伎は慶長8年 (1603) に出雲の阿国という女性が京都の神社の境内で男装をして踊りを踊ったのが始まりと言われています。 当時としては女性が男装をするなど前代未聞でしたが、庶民にとってはそれが格好よく大流行しました。 しかし、遊女達が真似をするようになり、風紀を乱すとして禁止されました。すると、今度は女性ではなく13-14歳の少年に化粧をさせ、躍らせるなどしましたが、これも禁止され、ついに幕府は役者は成人男性でなければならないと定めました。男性のみによって演じられるを「野郎歌舞伎」と言い、男が女役を演じる「女形」の芸が生まれました。 名優達は本物の女性よりもっと女らしく見える芸を追求するため、日常を「女」として生活し、如何にすれば女らしく見えるかという研究・工夫をしたそうです。 その後、演劇としての形を整え、人形浄瑠璃の影響を受けながら舞踏・音楽・演劇が一体となった芸術として大成し、今日に至ります。 古い歴史を持つ世界こそ、それを継承するために厳しい制度や決まりがあるものです。歌舞伎の世界もやはり身分制度の厳しい社会で、名門の出でなければどんなに修行を積んでも、主役は貰えません。 名門の出であれば、将来は約束されたも同然のようですが、その一方で普通の子供とは違い、3歳くらいから舞踊・三味線・義太夫などの稽古事に追われ、遊ぶ暇などありません。 また、相撲の世界を「角界」というように歌舞伎の世界は「梨園」と言います。 梨園の語源は中国。 唐の時代、楊貴妃 (719-756)とだった玄宗皇帝 (685-762)が宮廷内で弟子達に樂を教えていたそうですが、その教えていた場所が宮廷にあった梨畑だったそうです。 つづく |
(C) Copyright 2003- JPN-MIYABI All Rights Reserved.