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「世界へはばたけ藍ちゃん!」

 9月28日、宮里藍は、ミヤギテレビ杯ダンロップで、残り2メートルのウィニングパットを決めた。アマチュア選手が女子ゴルフツアーで優勝するのは30年ぶりのことであり、18歳の高校生の優勝はむろん始めてである。
 藍がゴルフを始めたのは彼女の生まれ故郷である沖縄県北部の東村である。父親である優氏は東村役場の職員であったが、藍が2歳の時に村長選挙に出馬して落選。職を失い一家は貧困のどん底にあった。決して恵まれてはいない環境の中で43歳でティーチングプロの免許を取った父のもと、藍は4歳からクラブを握った。父が優れていた点は、多くの日本の指導者とは異なり、ゴルフ一辺倒の生活を強いらなかったことにある。宮里家の方針は「学業が一番、ゴルフは2番目」であり、藍も小学3年生までピアノ、高学年からは部活でバスケットボールや陸上競技を始め、中学校でも続けた。また学業でもトップクラスの成績だったという。こうしてのびのびとした環境の中で育てられた藍は自ずと広い見識を身に付け、自立心を養った。またゴルフ以外のスポーツを楽しむことにより一流ゴルファーに必要とされる瞬発力を得た。一方で「ゴルファーの前に人格者たれ。」ゴルフのスコア−に関しては決してしかることの無かった父はマナーには厳しかった。
 ミヤギテレビ杯の優勝をきっかけとして藍はプロ転向を決心した。スポンサーもつき、再来年の2005年に米女子ツアーの参加を目指しているといわれる。日本のスポーツ選手の多くが本番で力を発揮できないのは、生活面から練習面全てをコーチに管理されているため、必要以上に緊張してしまうためだと言われているが、自分自身のしっかりとした価値観をもち、判断力を身に付けている藍は、どんなに周りの環境が変化しても、自分自身を見失うことなく、しっかりと地に足をつけて乗り切っていくことができると信じる。米国に渡り「ゴルフだけでなく人間的に成長したい」と夢を語る今後の藍に期待したい。 (終)

画像提供: 宮里藍応援サイト http://www10.plala.or.jp/jn3cep/index.html


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