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「引き際の美学」

 昨今政財界やスポーツ界での有名人の引き際が取りざたされることが多い。プロ野球阪神タイガースの星野監督の様に優勝を花道に潔く身を引くケースもあれば、不祥事や高齢を理由に退任を迫る外部の人間の声に耳を貸さず続投を貫こうとするケースもある。
 日本では古来より伝統的に「引き際の美学」があり、引き際をいわば「天命」と受け取り、潔く身を引くことを良しとしてきた。極端な場合には命を絶つこと即ち切腹することにより物事に決着をつけることに潔さを感じ取り、それを「美しい姿」として容認してきたことさえある。しかしながら近年では上記伝統とは裏腹に「地位に恋々とする」「晩節を汚す」等の表現で批判的に扱われる様な醜い姿を晒すケースの方が目につく様だ。
 引き際の美しさを決める要因の一つは後継者育成の責任を果たしていること。もう一つは本人に残りの人生における新たな挑戦目標があること。の二つであろう。引き際が問題となるような人は年功序列、終身雇用制の下、所謂「功成り名遂げた」人であり、その判断能力は実績で証明されており、現在もそのレベルを維持しているとみなされているが、実際にはこれが幻想であり、さらにまずいことには本人以外がそれを先刻承知であるケースが多い。本来責任を果たす能力のあるなしは、当事者が決めるのではなく、第三者の判断に委ねられるべきである。但し、日本の場合、企業においても官僚組織にしても外部の客観的なチェックがはたらき難いシステムになっており、結局は年功序列、終身雇用制の中でトップに上り詰めた人間の首に組織内部の誰が鈴をつけるかというレベルの話に終始してしまうのが現実の様だ。最近声だかに叫ばれている企業のグローバルスタンダード導入の中で、本当の意味でのパブリックカンパニー化が実現し、また本人が、自分の地位や肩書きといったもの以外に価値観を見出し、第二の人生すことができるかどうかが美しい引き際を演出するための鍵となるようだ。 (終)


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