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「花見」

 花見とは日本独特の行事です。桜の花の季節になると、人々は美しい桜が鑑賞できるところに行き、その木々の下に座り、お酒を飲んだり、お弁当を食べたり、歌を歌ったりしてアウトドアの宴会を開きます。毎年多くの人達が家族や友達、同僚と過ごすその楽しい時間を楽しみにしています。桜の種類は300種類以上もあります。なかでも、日本で一番多い桜である「ソメイヨシノ」の開花日を桜の開花日と称し、その開花日を示す桜前線が、日本全国を3月末から5月にかけて南の地方から北上していきます。花見の起源は諸説あります。なかでも代表的なものを2つ紹介します。
 
 一つは、花見の起源は万葉集(主に31音からなる和歌が収められている歌集)の時代(8世紀)の「歌垣」であるという説です。「歌垣」とは中国から伝わった風習で若い青年と娘が春の野原に集まり、花を相手に渡して贈答歌を詠み交わし、お互いについて知るというものです。そして平安時代(794-1185)の嵯峨天皇の頃、花見は貴族の重要な行事となり、桜を見る宴となったと言われています。

 もう一つは、花見は農耕文化に起源を持つという説です。昔、農民は、桜の花が咲く時期を見て稲を植える時期を知り、桜の散り具合を見てその年の米の出来具合を占いました。つまり、農作業の前に決まって咲く桜は「暦代わり」の花でした。当時、桜は神様の宿る木として信じられていて、人々は満開の桜を見上げては神様にお酒などの捧げものをして豊作を祈りました。もし、桜の花が早く散れば、それは神の力の衰えを意味し秋の凶作を暗示していたため、人々は田植え前に桜の下で酒宴を開き、神に供応し、桜が散らないように願いました。これが花見の起源として伝えられています。

 江戸時代に入ってから花見は貴族の公式行事とも農耕儀礼とも切り離され、庶民の行事となりなりました。江戸幕府は都市計画の目的で大々的な桜の植樹を行い、花見の名所が生まれました。その行事が大衆化し、現在の花見として続いています。
 
 春の暖かい日に、家族や気の合う仲間と共に桜の花見の宴会をして桜の花を愛でることで、人々はたとえ都会の中にいても喜びやくつろぎを感じられます。 近代化されたビルやオフィスのように閉ざされた屋内で過ごすことの多い人であればなおさらだと思います。今年も日本全国の多くの人達が花見のできる日を心待ちにしているのではないでしょうか。(終)


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